遠山昌夫 心のページ

遠山塾主がかたる「心」の言葉

聞き手:第39青経塾 塾長 米山 利信

遠山塾主インタビュー 心のページ

第39青経塾 塾長米山利信


米山:昨今、子供のいじめ・親やお年寄りに対する犯罪が多発する中、教育の見直しが求められています。
そこには失われつつある道徳や礼儀があり、人間社会で経営し生きる私達が、重視しなければいけないと感じています。
青経塾では、礼にはじまり礼に終わる。また行動指針に、礼儀、節度に気をつけようとあります。

今回は、礼について先生にお話をお伺いします。

塾主:親しき仲にも礼儀あり、夫婦であろうが、親子であろうが、親友であろうが、恋人であろうが、礼がなければ続かないのです。

「礼に始まり、礼に終わる」と米山さんが言いましたが、礼というのは人間関係の一番中心なのです。
礼を今風の言葉に変えると、例えば民主主義の原則は人格の尊重です。
相手の人格を認めるわけです。
この人は偉い人だとか、身分、立場、階級は関係ないです。
本当は、社長や会長でも、内閣総理大臣でも、やっぱり礼が無ければいけないのです。
それは一緒なのです。
人間は対等なのです。
身分とか富、財産、全く関係がないのです。
例えば、米山さんと僕といると、僕にないものを米山さんは持っているし、逆の場合もあります。
だから認め合っているのです。民主主義の原理原則の一番中心なのです。
相手の人格を尊重する。
だから塾では、社是作りの始めにこの話をします。

1.jpg

塾主:私がいつも唄う歌で100万本の薔薇という歌があります。

この歌のテーマは愛です。
バレリーナに恋をした貧しい画家が、彼女の一番好きな薔薇を贈るために、
自分のほんの少しの財産や家、キャンパスまでも売ってしまうのです。
バラの花を贈る、たったそれだけで、何も要求しないし、何の返りも期待してない、ワンウェイです。
これが本当の愛です。
礼も同じように、こっちがお辞儀したのに向こうがお辞儀しないことを問うより、ひたすらに礼を重んじて自分がやるだけ。
ほとんどの日本人の場合は、お辞儀したら向こうもお辞儀するはずです。
そういう遺伝子を持っていますし、日本には土壌があるのです。

2.jpg

塾主:例えば茶道も礼を教えているのです。

茶道の一番の奥にあるのは、一期一会なのです。
例えば、私が生きている、米山さんが生きている。
それはたった今のことで、二度と会えないかもしれない、いつ死ぬかわからないのです。

ですから、全身全霊を込めて、私の持てる技術で、最高にあなたのお好みのお茶をたてましょう。
相手によってお茶の濃さも違うし温度も違う、全部違う。
あなた好みのお茶をたて差しあげる。いただく方は、きちんとありがとうございましたと、全身全霊を込めて、最高のお茶をたててくれました。だから、五臓六腑、胃袋から頭から、体全身がたった一杯のお茶の為に集中するわけです。
その為に茶道があるのです。
人間として心から相手を尊敬して、認め合ってきちんと行動する。
茶道、寺子屋での教えが全ての基本になったのです。

礼は今の言葉でいうと、相手を認めて尊敬して、最低の場合でも対等につきあう。
できれば常に『あんたが一番、私が二番です』よろしくお願いしますと言うと、
いえいえ、あなたが一番ですと相手が言う心なのです。

礼の方法であるお辞儀一つでも大変な事、心がこもってないと駄目なのです。
礼は全ての始まりです、試合開始に剣道はお辞儀するでしょ、ボクシングもグラブを合わせる。
ということで、生きて行く上で一番根幹ですね、大事なことですね。
みんなは、礼の言葉の意味が解るだけで、行動していない。
礼も説明しているうちは解らない、行動し体学しないと解らないのです。

米山:礼は人間が生きるのに必要なもの、それは人間として心から相手を尊敬し認め合い行動する中で解る、先生のお言葉が心に響きました。
礼を行動にて掘り下げ、生きます。
貴重な時とお話、ありがとうございました。

IMG_3.jpg

第39青経塾 塾長米山利信

第39青経塾 塾長 米山利信