遠山昌夫 心のページ

遠山塾主がかたる「心」の言葉

聞き手: 第46青経塾 塾長 田口 実

お話 遠山塾主

質問 田口塾長
今回は先生のお言葉より「合理性の中で人は育たない」についてお教え戴けますか。


お答え 遠山塾主 
たとえばベルトコンベアを例に取りましょう。ベルトコンベアは、物を持ったり運んだりする中で「重い」と思う感情=不合理性から生まれました。車や台車なども全て同じ思いから生まれ、更に人を快適に運んだり、少しでも沢山売れるように発達してきました。
この様に不合理から技術や物が生まれ、人々の暮らしは快適になりました。しかしそれは進歩であると共に退化でもあります。
自らの足で歩いての移動から、乗り物で移動するようになるにつれ、人々の生活が変わりました。人々は歩くスピードでものを見て、季節を感じ、美しい花を見て心を豊かにしてきたはずですが、現代ではそれも無くなりました。またカーナビなどの使用で土地勘も失われつつあります。

このような暮らしの中で、人々は自ら何かを生み出す力を失いつつあります。今「学ぶ」ということは、誰かの知識を受け入れたり、読んだり聞いたりのみで、自分で考えることが減っています。
「働く」ことも快適なオフィスの中です。はたしてこのような環境で更に何かに気付き、進歩することが出来るでしょうか。人々は想像以上のスピードで、昔当たり前だったことができなくなってきています。あふれる物の中で「物のありがたさ」も失いました。たとえば、子供の洋服なら兄が着られなくなったら弟に、そして次は近所の誰かにと、使える物を使い続けるという、当たり前の事ができなくなりました。
そして、日本人は「食べ物のありがたさ」も失いつつあります。それは今日本人の食べ残しが、人口2千万人の香港全ての食料に匹敵するほどであることから明らかです。これは明らかに無駄であり、退化なのです。

質問 田口塾長このような世の中で、我々にどういった心の持ちようが必要なのでしょうか。

お答え 遠山塾主
我々は、今の生活の中で当たり前だと思われている物にも、それが本当に当たり前なのかと、常に問いかける心が必要です。
今ある物が全て当たり前だと思うような規格化された人にはなってはいけません。
青経塾では、皆がそれに気付く機会を持っていると思います。たとえば苦労して山に登ったり、長距離を歩いたり、不合理を感じる機会が多くあり、そこから友情や感動が生み出されることからもわかるはずです。

お答えを受けて 田口塾長
本日はお忙しい中、貴重なお時間を頂きまして、誠にありがとうございました。
「心」の言葉について、直接お話を伺い出来て非常に理解が深まりました。
合理性の世の中で、あたり前という価値観は物事を 見誤る第一歩と考えます。
大事なのは、自身の意と感性ということを、本日のお話から感じました。
感性を研ぎ澄ますか如く、日々 精進してまいります。本日は有難うございました。

最後に 遠山塾主
言葉の解釈は難しく、また人それぞれです。しかしそれで良いと思っています。
同じ言葉でも置かれた環境によって感じ方や説明の仕方は変わります。同じく悩む人に助言をするにも、その言い方はその人に合わせたものになるのと同じです。厳しく言うときもありますし、優しく言うときもあります。しかし最後には愛が無ければいけません。

第46青経塾 塾長 田口 実